流星都市(未完)

2016年くらいに書きかけてたものを見つけたのでせめて途中の段階のものだけでもと思い…Original Loveの曲を聴きながら書いていたので東京タワーが出てきますが首都高からどのくらい見えるかは大変あやふやです(すみません)


「今どのへん?」

 短いうたた寝から目覚めたばかりのマッキーが、あくび混じりの声で尋ねる。

「多分もう都内だよ。ほら、あの赤いの東京タワーじゃない?」

「えっ、どこどこ?」

 窓の外を指差すと、マッキーは僕の座る方へ少し身を乗り出した。眉根を寄せて、僕達を包み込む暗闇に目を凝らす。夜の首都高速道路は混雑していて、僕達を乗せるタクシーも周りの車も、少しずつしか前に進まない。

 今朝、家を出る前にテレビから聞こえてきた「関東では夕方頃から次第に雲が広がり、夜には雨が降るでしょう」という予報通りに降り出した雨は、動かない車窓に無数の流れを作り出していて、僕達の周りの車のライトや、遠くのビルの灯りがそれらの中で混ざり合って、雨粒がひとつふたつと窓に当たるたびに揺れ動く。

 マッキーはしばらく窓の向こうに見える光の群れを見つめていたけれど、その中に一際大きな赤い塊を見つけたのか「あっ」と嬉しそうな声をあげた。

 ◆

 今日僕とマッキーは、ハリウッド東京からも東京からも離れて、県境を二つばかり越えた先にある動物園で、最近公開されたレッサーパンダの子どもを紹介する情報番組のコーナーの撮影に参加していた。

 ロケ自体にそんなに時間はかからなかったけど、もしも番組の尺が余れば使ってもらえるかもしれないということで閉園時間近くまで園内を見学させてもらった。というか、遊び回った。

 「バードショー」の文字に目を輝かせたマッキーに腕を引かれて、最前列で小さな子ども達に混ざることになったのは少し恥ずかしかったけど、頭上を飼育員さんの指示通りに飛び交う鷹やハヤブサや大型のインコを見上げて「すげー!」とはしゃぐマッキーの隣で僕も、気付けば首が痛くなるくらい夢中になっていた。(その後、カメラが回ってないところでこっそり僕に「めちゃくちゃ格好良かったけど、キャットだって負けてないよな」って真面目な顔で耳打ちしてきたのには思わず吹き出してしまった。)

 もともとはバスと電車を乗り継いで帰る予定だったけれど、現場を取り仕切る偉い人が、二人とも疲れているだろうからとタクシーを呼んでくれていたので、ご厚意に甘えさせてもらうことにした。

 テッシーに連絡を入れてから、二人でタクシーの後部座席に乗り込んで、都心の大きな駅の名前を告げる。

 レッサーパンダの子どもは小さくて可愛かったけど、大人のレッサーパンダも可愛かったな。あの子が大きくなった頃にまた行きたいね。そしたら今日みたいに車を呼んでもらうわけにはいかないから、免許取らなきゃな。俺も取りたい、テッシーに相談してみようかな。

 いつの間にか高速道路に入っていた車が真っ直ぐな道を走るのとは反対に、マッキーと僕の会話はあちこちに曲がりくねりながらも、緩やかに続いていく。

 二人だけでいる時のマッキーは、メンバーの皆やシャチョウやテッシーもいる時、それからステージの上で見せる姿と比べると、意外な程静かだ。

 普段のレッスン前後に皆で喋っている時、マッキーが口を開くと、灯りが点いたみたいにその場が明るくなる。それは注目を集めることが苦手な僕には真似できないことで、マッキーのすごいところの一つだと思う。でもマッキーのそんなところを好ましいと思うのと同じくらい、いつもより少し穏やかな声色で自分の考えを口にしたり、僕の言葉にじっと耳を傾けてくれるマッキーの隣にいるのは心地良い。

 例えば僕とマッキーが同じ年に生まれて、同じ学校に通っていたとして、もしもクラスが一緒だとしてもマッキーのそういう一面を知ることはなく、友達になることもなかったかもしれない。

 同じアイドルグループの仲間っていう形で知り合っていなかったら、一緒に歌うことも踊ることも、こうして同じ車で隣り合って揺られている時間も当たり前に存在しなかったのだろう。そう考えると、今のこの時間が少しだけ特別なもののように感じられて、こんな風に取り留めのない会話の内容や、窓の外をゆっくりと流れる光に見守られながらの帰り道のことを、どれくらい先まで覚えていられるのだろうと思った。

「カケル、眠かったら寝ててもいいぞ?」

「ううん、俺は大丈夫。マッキーこそたくさん歩き回って疲れたんじゃない?」

「あー……実は昨日あんま寝れなかったんだよな」

 ばつが悪そうに頭を掻きながら、睡眠不足のまま仕事行ったって知られたら怒られるかもしれないからテッシーとかキラには内緒な、と言ってマッキーは笑う。

「この仕事決まった時からずっと楽しみにしてたもんね。毎日動物園のホームページ見てたし」

「動物の豆知識とか書いてあっておもしれーんだよな!ハヤブサって鳥の中で一番速く飛ぶんだって!チーターとどっちが速いかな?」

「うーん……?」

 そもそもチーターがどれくらいの速さで走るのかを僕はよく知らない。しばらく頭を捻って、地面に足をつくために減速しないといけない分チーターよりもハヤブサのほうが有利なんじゃないだろうか、と思い至ったところでマッキーが口を開いた。

「それにさ、カケルと動物園行けるなんて、楽しみに決まってんじゃん」

 大地を駆けるチーターと、空を切るハヤブサの姿ばかりが頭にあった僕には、マッキーの言葉が自身の寝不足の理由を説明するものだと理解するのに時間がかかった。

「……うん。俺も、今日が楽しみだった」

 不自然に間が開いてしまったせいか、自分の声がやけに大きく車内に響いたような気がして少し照れくさい。

「そっか」

 対するマッキーの相槌は短く、隣を盗み見ても、窓越しの頼りない光だけでは表情を窺い知ることはできなかったけれど、その声にあたたかな色が宿っているのを感じたから、きっとステージの上とか、レッスンの合間とか、一緒に夕食を食べていてふと視線が合った時に見せるような柔らかな笑みを浮かべているのだろうと思った。

 (続く)

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